公開日:2004年8月16日
最終更新日:2008年1月5日

シーマ人気は爆発的

開発ストーリー(9)

Development Story

カテゴリー : 基本資料

Y31シーマに適用

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ついに発売

S63.1 63年1月18日、ついにシーマ発売のときが来た。

阿波が興奮して、販売促進部の部屋に飛び込んできた。「三坂さん、タイプIIリミテッド(シーマの最上位車種)がすごい人気ですよ。客はほとんどタイプIIリミテッドに集中しています」三坂は、シーマ発売の直前、販売促進部長に異動になっていたのである。「オレもいま報告を聞いたところだ。よかったな」「やりましたね」「ウン、やった」阿波は、三坂の眼に熱いものを見た。

久米社長は「これほど売れるとは、まったく予想していなかった。結果を見て、われわれのマーケティングが不十分だったことを思い知らされた」と反省しているほでである。

Y31シーマ前期型
Y31シーマ(前期型)。セドリック/グロリアの上級モデルとして開発された新世代の3ナンバーサルーンが、シーマだ。
エンジンを3LのV6DOHCに限定し、巧みに差別化を演出している。走りの実力も、ヘタなスポーティーカー以上だ
(画像はdriver 1988.2.20より、説明文はCARトップ・ニューカー速報No.47より)

シーマ現象

シーマ人気は爆発的だった。高級車市場が一気に膨れあがり、ライバルも”シーマの恩恵”を受けた。日産車が気にくわない、というユーザまで、シーマに対抗すべく、クラウンやソアラ、レジェンドなどの最上位車種や外車への買い替えに走ったのだ。また、シーマ人気につられてセドリックやシルビアまで記録的な売り上げをのばした。これがシーマ現象などと呼ばれたゆえんである。

営業マンの声をまとめてみる。

「現に、この間もベンツに乗っていたお客様がシーマに買い替えたいといって来られた」 日産プリンス東京営業所長
「もう”いつかはクラウン”なんて言わせませんよ」東京日産モーター営業所長
「シーマを購入される方は、かなりの額の予約金をポンと払ってくださる。トヨタに対する”手切れ”と日産に対する”信用”の証のようなものですね」札幌日産モーター店長
「ウチの営業区域は外車のユーザーが多いんですが、ベンツよりシーマの方が走る、と買い替えてくださったり・・・」横浜日産モーター課長
「ここはご承知のようにトヨタの城下町。シーマのお陰で胸を張って歩けるようになりましたよ。シーマのお客様はボランティア精神の旺盛な方が多く、社会のため人のため何がしか貢献したいと考えてらっしゃる」「中小企業のオーナーが圧倒的に多ものですから・・・」名古屋日産モーター営業所長
「『日産は本当の意味で夢をかなえてくれるクルマをつくるようになったね』とおっしゃられ、涙が出るほど嬉しかった」日産プリンス福岡営業所長
「シーマ現象で他の日産車まで人気が出るようになったと分析していますけどね」日産チェリー東京社長

シーマを扱っている販売店の拠点数と営業マンの数は、トヨタ店、トヨペット店(東京・大阪など)のそれと比べるとかなり見劣りすることから、「事実上、日産のリード」と見る向きが多い。

Y31シーマ もう一つの企業戦略

Y31シーマ 新聞広告

Y31シーマの新聞広告は一貫してシーマの部分写真をメインに配置していた。
そしてナンバーワンになった時、初めてシーマはその全容を現した

オートマでポルシェを超えた

機関設計部の野口主担は語る。「馬力の面ではトヨタが3リッターDOHCターボを出しているから、それを上回ろうという目標は立てたけど、馬力アップだけを狙ってチューニングしていくと、高級車の走りが得られない。それより、低速からの吹き上がりや、滑らかな加速といった点に重点を置いて開発したんです」

そうした狙いが、専門家たちからどう評価されたか。「モーターファン」(S63年8月号)が開いた、シーマタイプIIリミテッドについて評価し合った座談会の該当箇所を抜粋してみる。

編集部:「すごいエンジンを積んでいるようですが、動力性能のデータの方をお願いします」
日本自動車研究所第1研究部の安田氏:「0→1kmなんですけれども、リミッターが効いてしまいまして、800m以降測定不能ということであります」
編集部:「0→1kmがリミッターで測れなかったというのは初めてですね」
安田氏:「それから、シャシーダイナモの吸収出力なんですけれども、これもダイナモの吸収出力特性以上のクルマで、測定不能ということでございます」
自動車評論家の両角氏:「これは、駆動輪で180psくらいまではなんとかなるんでしたっけ」
日本自動車研究所研究統括課の沼尻氏:「そのへんまでは何とかなると思います」
両角氏:「たしか前に某誌で3リッターのポルシェカレラをやったときには180psだったと思うので、ということはオートマでそれを超えているということですね」
沼尻氏:「このまま加速していきますと、1kmが27秒を切るくらいの加速だと思いますので、もうスーパーカーの世界ですね」
編集部:「4ドアセダンとしては、世界でも最速の部類に入るかと思うのですが、走りのフィーリング的にはいかがですか」
東京大学名誉教授の平尾氏:「速いですね」
自動車評論家の星島氏:「エンジンがいろいろな魅力を備えていますよね。単に数字だけじゃなくて、あれだけハイテクの固まりみたいなエンジンは世界にないのじゃないですか」

3ナンバー車としての明確なステータスがある

当時、園田が頑として3ナンバー車構想を認めようとしなかったのか。それは、新型セドリック・グロリアは、クラウンとの正面衝突を避け、思い切ってパーソナルな方向にすることになっていたが、その高級パーソナル市場で、3ナンバーニーズがどのくらいあるのか見当がついていなかった。当時のデータでは、むしろ悲観的に考えざるを得なかったのである。セドリック・グロリアがパーソナルカーを志向すれば、クラウンよりもソアラとの競合が激しくなる。ところが高級パーソナル市場を開いたソアラの3ナンバー車が、あまり売れていなかった。

今となってみれば、なぜソアラの3ナンバー車が売れず、シーマが売れたのかの結果解釈はできる。ソアラはクラウンよりはるかにマニアックなクルマであり、ユーザーは当然、走りだけでなく3ナンバー車としての明確な、ステータスを求める。だから、5ナンバー車と同じサイズの3ナンバーソアラには、ユーザーがあまり魅力を感じなかったのであろう。

あとがきから

トヨタと日産は、言うまでもないことだが、つねにライバルとして競い合ってきた。トヨタは”技術の日産”と対比され、”販売のトヨタ”と言われ続けてきた。こうした対比は、日産マンにとっては誇りになることであっても、トヨタマンにとっては必ずしも喜ばしいことではなかった。
”技術の日産”といわれることは、裏を返せば、技術しか誇れるものはないことを意味するが、少なくともメーカーとしては、「販売しか誇れるものがない」と言われるよりはるかに名誉なことである。

日産に新しい流れが生じ、シーマによってトヨタの優位性が揺らぐ可能性が出てきた。「やはり、”技術の日産”の伝統は残っていたのだ」と、誰もが感じ始めた。そうした空気の微妙な変化に、トヨタが恐怖心を抱き始めた。
自動車業界のジャーナリストらのほとんどが異口同音に「今のトヨタには”日産もなかなかやるわい”といった余裕はまったくない。むしろ”負けた”と思っている」と言い切る。

数字の公平な分析では、トヨタの優位性は明らかであるが、なのに日産が勝ったと主張する点について、久米社長は2つのポイントをあげた。
「1つは販売拠点やセールスマンの数で日産はトヨタに大きくリードされているのに、いい戦いをしている。とくに高級車のユーザーはあまり浮気をしない。またしたくても取引関係などであまりできない。ユーザーの大半は中小企業のオーナーですからね。日産にとってはそういう苦しい状況なのに、これまでトヨタのお客さんだった人がどんどん流れてきている。ウチの連中が自信をもったというのは、そういうことではないかと思う」
「もう1つは、商品力ですね。正直、これまではトヨタの商品力のほうが1枚も2枚も上を行っていた。しかし、今度だけは負けたと思っているんじゃないでしょうか、トヨタのほうは」

トヨタは、ソアラで高級パーソナルカー市場を開拓し、レパード、レジェンドを寄せ付けない独走体制を築いてきたのに、モータリゼーションのターニングポイントになった新高級車時代の扉を自ら開くことができなかった。開いたのは、シーマの日産であった。

トヨタにできないことを、日産がやれるわけがない、とトヨタは嵩をくくっていた。人と組織が変われば、負け犬でも奇跡が起こせることを、彼らは計算に入れていなかった。トヨタが日産に敗れた最大のポイントが、そこにあった。それは、数字にはあらわれてこない、負け犬の勝利であった。


最後に

もう一度断っておきますが、この開発ストーリーは、書籍から引用したものを、NHKのプロジェクトX風に編集したものです。引用したのはごく一部ですので、興味を持たれた方はご自身で書籍をご購入になり、もっとドロドロした開発ストーリーをお楽しみください。

驚くべき執念と挑戦の記録を書いた著者の小林紀興さんと青春出版社に、引用したお詫びをするとともにに、心から感謝いたします。

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