公開日:2004年8月16日
最終更新日:2016年5月5日

「ソアラに負けるわけにはいかないんだ」

開発ストーリー(6)

Development Story

カテゴリー : 基本資料

Y31シーマに適用

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ソアラをライバル視

高度成長時代を経て国民生活が豊かになってくると、ユーザーは争ってグレードの高いパーソナルカーを求めるようになっていった。自動車ユーザーの心理として特有な”上級志向”が定着していったのである。その結果、クラウンやセドリックのパーソナルユースが進み、白塗りハードトップが中心になってきたというわけだ。だが、これは考えてみれば、メーカーの怠慢さの証明でもあった。

ユーザーは、クラウンやセドリッククラスの、ハイグレードな本格的パーソナルカーを求めていたのに、そうしたニーズにトヨタも日産も応えようとしなかったからである。やむをえずユーザーは、クラウンやセドリックをパーソナルカーとして”代用”してきたのである。当然、ユーザーの間に不満が募る。そうした不満に初めて応えたのがトヨタのソアラであった。爆発的な人気を呼んだ理由が、そこにあった。

三坂や阿波は、営業出身だけに、ソアラ人気の秘密を知り抜いていた。彼らが新3ナンバー車の開発に際し、クラウンよりソアラをライバル視したのは、そのせいである。

何馬力にするか

「ソアラに負けるわけにはいかないんだ。向こうが230馬力なら、こっちは250馬力以上で勝負したい。そうしなければ、ソアラよりハイグレードなパーソナルカーにはならない」これが営業マン感覚の意識である。

ところが、技術者感覚のライバル意識はまた違う。遠藤は反発した。「ソアラはやりすぎなんですよ。レーサーならいざ知らず、通常の運転なら200馬力でも大きすぎるくらいなんですよ」「そうは思わんけどね。やっぱり馬力は大きいほど走りはいいじゃなか」「じゃあ三坂さん、たとえば高速道路を100キロで飛ばしているとき、そのスピードを維持するのに何馬力くらい使っているか知ってますか」「ウーン、200馬力のエンジンだとしたら、その半分で100馬力ぐらいかな」「冗談じゃないですよ。その10分の1、たったの10馬力でいいんです。シロウトは余計なことを考えんでくださいよ。それに、今のターボは技術的にもまだ問題があるんです」三坂はギロッと目を剥いた。

ターボに問題がある、というのは事実である。メリットはもちろん、30~40%ほど馬力がアップすることだが、デメリットは燃費が悪くなることとレスポンスもよくないという2点である。

実は、国産初のターボ車は、S54年10月発売のセドリック・グロリア2000ccハードトップだった。このときカージャーナリストやユーザーは日産のチャレンジを高く評価したが、トヨタは「ターボは燃費が悪くなるし、レスポンスも良くないから、当面、ターボの採用は考えていない」と、遠藤の”反ソアラ”論とまったく同じ論理で日産批判を展開したのである。つまり、ライバルの技術的優位性を何が何でも認めたくない、というのが技術者に共通して働くライバル意識の特質なのである。

ターボはユーザーが望んでいる

「遠チャンの主張の方が正しいのかもしれない。だけど、ユーザーが望んでいるんだよ」そう言われると、遠藤も反論の余地がない。

「そうは言っても、今からターボ付きのエンジンを開発している時間がありませんよ」精一杯の抵抗をしながら、内心では「また三坂さんにのせられそうだな」と感じていた。「わかった。その点はオレが機関設計部の佐々木部長にかけあってみるよ。人と金さえ注ぎ込めば、”技術の日産”だもの、出来ないわけがないじゃないか」

佐々木は言った。「機関設計部に、そんな余力はない」「佐々木さん、1つ手があります。レパードグループが開発中のヤツ。あれをもらえませんか」あれほど反対した遠藤が、三坂の応援に回った。

レパードグループはカンカンに怒った

この時期、レパードグループはターボ付き3リッターエンジンを搭載しようと開発を進めていた。レパードグループもまた、ソアラを上回る走りを実現しようと必死だったのだ。

「おい、遠チャンは何を言い出すんだ」佐々木は慌てたが、喜んだのは三坂である。「ウン、それだそれだ、それで行こう」「そんなこと、レパードグループがOKするわけないじゃないか」佐々木はますます渋い顔になった。「そこを何とか頼むよ。もちろんレパードも大切だけど、何といっても新3ナンバー車は日産の顔だからな」

とうとう佐々木が折れた。レパード用に開発が進められていたエンジンが手に入ることになったのだ。もちろんレパードグループはカンカンである。

山羽主管が佐々木のところにねじ込んできた。「どういうことだ、レパードなんかどうでもいいということなのか」「すまない。だけど、今回だけは勘弁してくれ。オレもいったんは拒否したんだけど、園田さんに『日産にとって、今どっちが大事なんだ』と言われると、どうにもならなくてな」
実のところ、園田が出るまでもなく、佐々木と三坂、遠藤の話し合いで結論が出ていたのだが、カンカンに怒っている山羽を説得するには”長いもの”を持ち出すしかないと考えたのだ。

日本最高級のクルマに仕上げてくれ

「オレがレパードを担当していなければ、佐々木の決断をむしろ支持しただろうな」思いがそこに至ったとき、山羽はあっさり引き下がることにした。その足で、三坂を訪ねた。「そのかわり、すべての面でクラウンやソアラを凌駕する、日本最高級のクルマに仕上げてくれ。そうじゃないと、われわれが許さんぞ」と激励した。彼もまた、さわやかな男であった。

ターボ論争の結末

「何が何でも、最高級のクルマに仕上げよう」
これが、新3ナンバー車開発プロジェクトの合い言葉になった。しかもこの場合「最高級のクルマとは、単に作り手がそう誇るだけでなく、ユーザーからもそう評価されるものでなくてはならない」という意識がメンバーの間でだんだん定着していった。

クルマに限らず、すべて商品というものは必要条件と十分条件が兼ね備わったとき初めて、世の中のトレンドを一変するくらいの大ヒットを飛ばすことができる。3ナンバー車ユーザーの購入理由(複数回答)のうち、”エンジンパワーが大きいから”とした人たちが61%に達し、彼らが5ナンバー車を拒否した理由は1、”2000ccでは力不足”が58%、2、”エンジン性能に余裕がない”が57%と、エンジン性能を非常に重視しているのである。
では、3ナンバー車ユーザーが、自分の乗っているクルマのエンジン性能に十分満足しているかというと、13%もの人が不満を訴えていたのだ。

作り手側が、この程度の馬力があれば問題ないと考えて開発したエンジンが、ユーザーにとっては必ずしも十分満足できるものではなかったのである。だから、200馬力以上の出力が必要かどうかが問題なのではなく、200馬力程度でユーザーが満足するかどうかが、ターボ論争の最大のポイントであった。

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